16th
ところで、先日下北沢で終演後の楽屋で共演してくれた若いバンドのドラマーと会話したことについて書いておこうと思う。彼は高校を卒業して一度は飲食系の会社に就職したものの、仕事が合わないのとドラムに力を注ぎたいという意志で、現在はアルバイトしながらミュージシャンを目指しているとのことであった。彼がなかなかスマートなドラムを演奏するのをボクは見ていた。せっかく共演してくれたのでボクからのアドヴァイスとして、「ドラムを極めたいと思うならば、ドラム以外のことを沢山やるように。」と伝えた。当然彼は困惑した表情を浮かべていた。ボクは続けた。「ドラマーを志す人間は皆誰もがやるような練習メソッドに従って、訓練を積んでいる。例えば、スティックをイチ・ニー、イチ・ニーと振り下ろしたり、メトロノームに合わせて叩いてみたり。実際それは誰でもやることである。もしキミが誰とでも取替えがきくようなドラマーになりたい(そのような人間があいるのかはさて置き)ならば、それでも良いだろう。でも、もし自分という人間をリプリゼントするようなドラムを目指すならば、”自分自身の声”を見つけなければならない。それはテンポやパターンには表れない”温度”や”手触り”だ。”自分の声(ヴォイス)”を見つける方法はドラムを訓練するメソッドには記されていないけれど、誰もがやることを追求すればするほど自分の声が他人の声と同じようになってしまうのだと思う。声を出して歌うのも良いし、良質の文学を読むのも良い。とにかく自分が自分の”言葉”と”声”で話せるようになれば、(そしてそれを誰かが気に入ってくれれば)取替えのきかないドラマーになれると思う。」
彼がどう思ったかは実際よく分からないけれど(若者の表情を読むのは、熟れたアヴォカドを選ぶのと同じくらい難しい)、彼は両手を差し出して握手して下さいと言った。ゴッド・ブレス・ユー。神様があなたの耳に囁きなさるように。ボクもずっと頑張っているんだよ。